茨城県筑西市猫島に残る晴明橋伝説|安倍晴明

清明橋公園 有名人

当記事では、茨城県筑西市猫島に残る晴明橋の伝説について紹介しています。

平安中期に陰陽師として活躍した安倍晴明の生誕地は諸説あります。その中のひとつが晴明橋公園(茨城県筑西市猫島762)です。

晴明橋公園の場所

現在、安倍晴明が築いたといわれる石橋は残っていませんが、「簠簋抄(ほきしょう)」を元にして橋の一部を再現したものを置いた公園があります。
清明橋公園

車5台分の駐車場がある、とても小さな公園です。清明橋公園から望む筑波山。
清明橋公園

住所:〒300-4501 茨城県筑西市猫島762

清明橋を公園入口側から見た写真
清明橋公園

清明橋を公園の奥から見た写真
清明橋

安倍晴明がいた頃、現在の筑西市猫島のあたりは湿地帯が多く、大雨が降ると川が氾濫して田んぼが水没する被害が出ることを見かねた安倍晴明が、地形を利用して石橋を築いたと言われ、橋が出来てからは大雨になっても川が氾濫しないようになったとのことです。

人々は安倍晴明に感謝し、その石橋を「晴明橋」と呼ぶようになりました。

安倍晴明展示館

晴明橋公園から4km強離れていますが、宮山ふるさとふれあい公園内に安倍晴明展示館があります。
陰陽師

住所:〒300-4504 茨城県筑西市宮山504

床に置かれた八角形の板
安倍晴明展示館

安倍家の家紋である「晴明桔梗印」(五芒星)が描かれた提灯
安倍晴明展示館

安倍晴明展示館

安倍晴明 猫島生誕の由来について

「簠簋抄(ほきしょう)」という安倍晴明の出自について書かれていて、猫島に安倍晴明誕生の伝承が記されています。

80歳になった吉備真備が、遣唐使の時に命を助けてもらった安倍仲麻呂の子孫に「三国相伝簠簋内伝金烏玉兎集」を譲ろうと思い立ち探したそうですが、都では安倍仲麻呂の子孫が絶えていました。

常陸国の真壁猫島あたりに安倍仲麻呂の子孫がいることを聞き、真備は猫島を訪れました。

その時に出会った子供の一人が安倍仲麻呂の子孫である安倍晴明と知り、書籍を渡した。

安倍晴明の猫島生誕説は伝説であり、確証はありません。

実際には安倍晴明(921年-1005年10月31日)、吉備真備(695年-775年11月3日)ですので重なる年代はなく約150年のずれがある為実話ではないと思います。

しかし具体的に常陸国真壁猫島の地名が出てきますので、茨城県民としては安倍晴明と何らかの繋がりの痕跡があったのではないかと考えたくなります。

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